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■2006年12月の記事
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| 2006.12.28掲載 <つくつくぼうし> |
| 「感謝、感謝」 大学時代の恩師が還暦を迎え、還暦のお祝いを含めた大学の忘年会に足を運んだ。 就職活動中の大学3年生が「面接に受かるのはどうしたらよいのか」と質問してきた。 「人生どうにかなるもんだ」と今は思うけど超氷河期時代の就職活動中私も必死だった。 マスコミの営業職を希望していた就職活動中に、とある会社の社長さん二人から「君は営業には向いてないかもしれない。よく考えたほうが良い」と言われたことがある。 あれから7年。私はこの会社で7年間営業をしている。いまだに営業が向いているかわからないが、続けてこられたのは良きクライアントの皆様に恵まれたお陰。まだまだ景気が厳しいなか広告を依頼すると「いいよ」と快く返事をしてくれる。心強い会社のメンバーにも恵まれた。感謝、感謝の7年間。一喜一憂しながら突っ走ってきた7年間。来年も猪突猛進で行きたいと思います |
| 2006.12.21掲載 <ぐりんぴーす> |
| 先日「正月に帰るから。」と兄から電話があった。仕事で海外に居る事が多く、帰国しても実家にはほとんど帰ってこないので会うのは久しぶりだ。私達は一つ違いだったせいかよく喧嘩をした。私が勝手に兄の服を着たとか、兄が学校でかまってくれないとか、サッカーボールがなくなったとか、そんなことで。兄は恐ろしく強く、殴る、つかむ、噛み付くといった私が思いつくありとあらゆる技をなんなく攻略した。私は泣いて母に言い付けるのだが、大抵はとりあってもらえない。仕方なく犬(ロボ)の散歩に行ったり、自分なりに喧嘩の原因を考えたりした。最近お互いに昔の話をするようになって、当時の兄の気持ちを聞いたりすると、そうだったのかと妙に納得してしまったりする。兄が帰って来るとなれば餅つきをしなければ。あの筋肉できっとうまい餅をついてくれる。正月は家族が集まるよい機会かもしれない |
| 2006.12.17掲載 <つぶやき吾郎> |
| 「拝啓先生様」 「先生」という字は、先に生まれると書く。先生には学校の先生もいれば、医者の先生もいる。最近は少なくなったが、議員さんのことを先生と呼ぶ人もいる。 議員さんといえば、来年の4月には、4年に1度の統一地方選挙がやってくる。受かれば「先生」、落ちれば「タダの人」になる。色々な議員さんを見てきたが、皆さん個性的な人ばかりだ。中には、選挙の時だけペコペコ頭を下げて当選したとたん態度が一変する人もいる。当落は、まさに雲泥の差なのだが、元々は我々と同じ一般市民。その代表で議会に望むのだ。1票を投じてくれた人たちのことを忘れてはいけない。 世の中は、我々一般庶民にはとても厳しいご時世。本当に必要な人を見極め、代表として世に送り出そう。 |
| 2006.12.14掲載 <イレブン> |
| 小松左京の日本沈没がはやったのは昭和48年。33年も前だ。映画もできた。しかし当時は、こんな荒唐無稽な話があるものか、と思って読みも見もしなかった。 そうしたら今年、その映画が現代風にまた作られてヒットしたそうだ。そこまでやられたんじゃあ読むしかない。昔の本を図書館で探し出して借りてきた。 ところが本も、今年、続編が出ていた。じゃあこれも読みましょう。ということで読書漬けになった。 …日本はマグマの沈降によって海底に沈んだ。しかしほとんどの日本人は脱出し、ブラジルやボルネオ島などで開拓に励み、何千万人も豊かに暮らせるようになった。同時に世界各地の文化風習に溶け込むこともした。 数百年後、宇宙開拓にロケットで飛び出した。去りゆく地球を見ながら、誰からともなく歌われた歌は… |
| 2006.12.10掲載 <真っ赤な苺> |
| 「ナンシーがやって来た!」 先月、我が家にカリフォルニア州からナンシーが、ホームステイにやって来た。彼女は、とても元気の良い小学校の先生だ。年齢は、40歳代。どこか行きたい所は?と聞くと「ワンハンドレットショップ!」と答えた。100円ショップだ。早速、連れて行ってあげたら、とても大喜びし、様々な品物を手に取り、カゴの中!彼女にとってのヒット商品は、固形石鹸を入れる「ネット」だ。「日本の小学校を見学した時、とても気に入った!」と話してくれた。私たちは子供の頃から、当たり前の様に小学校の水道には、みかんネットに入った石鹸が有り…そのネットが欲しい!と言われた時は「あれは…フルーツなどが入っているネットだから…売って無いかな…?」と答えたが、お気に入りの100円ショップにあった!すかさず、5個鷲づかみし、笑顔で購入!今頃、アメリカの空の下、可愛い子供たちがネットの固形石鹸を泡立て、小さな手を洗っているでしょう。 |
| 2006.12.7掲載 <ちょろりん> |
| B型は献血好きと聞く。何を隠そう私がそうだ。高校生で初体験。以後予定表を見ては、献血車を追っかけ、年間の限度一杯やって、就職の際の入社プロフィールに「趣味=献血」と戯れで書いた時には20回になっていた。その後は出産、育児などでさすがにペースダウン。それでも一昨年50回で表彰された。 なぜそんなにはまったかって?当初は血液の比重が男性の平均以上といわれて嬉しいというよりは、やっぱり血の気が多いのか、これは少し出さないと、と本気で考えた。あとは、純粋なボランティア精神と、回数を重ねていく快感。これがB型の特性なのではと勝手に解釈している。 健康な人間が多いと、他の型より余り気味なのではと内心要らぬ心配をしないではないが、冬は献血者が減るシーズン。血液型、何でもいいから臆せず腕を差し出そう。 |
| 2006.12.3掲載 <いたママ> |
| 先日、ラジオ局の取材を受けた。学区内のパトロール活動についての取材だった。 出番は30秒。どう録音するかの説明を受けた。私が話し続けるか、アナウンサーさんと私のやり取りを録音し、それを編集してもらうかの二者択一。私は前者を選択した。アナウンサーさんにちょっと待っていただき原稿を書いた。手本が必要だと思い、その原稿をアナウンサーさんに読んでもらった。「うっうまい!!」この時点まで気付かなかったが、それはラジオで聞いたことのある声だった。いよいよ本番。アナウンサーさんが私の前にマイクを出した。緊張│。取材されるのもたいへんだと思った。日頃、私の取材に快く応じてくださっている皆さんに感謝します。 |