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■2007年1月の記事
 
 2007.1.28掲載 <マロングラッセ>
 福寿草の季節がやってきた。かつて母の寝室に(今は物置だが)『踏まれても強く生きぬく福寿草 いつかは春のめぐりくるらむ』と書いた色紙が飾ってあった。子ども心にこの゛いつかは春のめぐりくるらむ゛という所が好きで、見たことはなかったが、この福寿草という草(花?)が好きになった。初めて見た時は、言葉に表わせない感動があった。

 母は前向きな人だった。大らかで社交的で、正直者だった。うろ覚えの慣用句や貼り紙も好きだった。゛止まらない雨はない゛゛明けない夜はない゛゛明日という字は明るい日と書くのね〜♪゛とりあえず、今夜はぐっすり眠ろう。明日のために…!?

 その晩夢の中に母がでてきてにやりと笑って言った。「寝るより楽はなかりけり浮世の馬鹿は起きて働く」。


 2007.1.25掲載 <真っ赤な苺>
 「だるま」

 前橋の初市まつりで「だるま」を30年振りに買った。

 子供の頃、上毛かるたの絵札で真っ赤な「だるま」が描かれていた「縁起だるまの少林山」の絵札が、カラフルで1番好きだった。だから、小学校の頃、初詣に行った時、小さな「だるま」を買って貰った覚えがある。それ以来…久し振りに「だるま」を購入した。露天のだるま屋さんの山には、赤の他に、白、緑、青、金、ピンクなどカラフルな「だるま」が積まれ、色を選ぶのにワクワクした。色鮮やかな緑色と定番の真っ赤な「だるま」を購入した。願い事を唱えながら左目を入れ、大切にテレビの上にふたつ並べて祭った。「だるま」は、単なる願かけや縁起物ではなく「七転び八起きの不屈の精神」や丸みを帯びたどっしりとした形は、座禅の心で「落ち着いた心」の大切さを思い出させ、目標達成の為の「向上心」を高めてくれると言う。今年は「だるまの誠心」で頑張ろう!


 2007.1.21掲載 <ちょろりん>
 漢字検定協会主催の昨年の漢字変換ミスコンテスト大賞は「怪盗アンデス(回答案です)」だったそうだ。日本語は同音異義語が多いため難しい言語とされるが、この特徴があるからこそ、コトバ遊びが生まれ、クイズ番組なども花盛りで大いに楽しめている。

 「交通事故で?渋滞?か?重体?か」は、大変な問題だ。一昔前のTV「ボキャブラ天国」で、山下達郎の「クリスマスイブ」を♪アニ(雨)は夜更け過ぎにユキエ(雪へ)と変わるだろ〜♪とやって、兄が女装して夜のお仕事に出かけていく映像は、しばらく笑えた。

歌詞の聞き間違いというのはよくある笑い話だが、♪うさぎお〜いし♪とは、うさぎをおんぶするのか、食べるとうまいのか私自身幼心を悩ませていた。上毛かるたの季節がくるたび思い出すのは、当時の息子が最初に覚えて唱えた「ねぎとこんにゃく、しもねたねーさん」。


 2007.1.18掲載 <いたママ>
 皆さん、どんな新年をお迎えだったでしょうか。

 私の新年は驚きから始まった。それは、なっなんと年末ジャンボ宝くじ!年明けに「そうだ。宝くじがあったんだ。一応、見ておこう」と思い、「パソコンで調べてみて」と子どもにくじを渡した。画面に当選番号のページが開いたのを食器を洗いながら遠目に見ていると数秒後、子どもが小さな声で「あ〜、2等だ〜」と…。「うそ〜?」…1億円の札束が私の脳のなかでパラパラした。それから今後私が歩むであろうバラ色の人生が物凄い速さで駆け巡った。子どもの「組違いだぁ〜」の声が聞こえるまで。一瞬だった。゛2等の組違い=ハズレ゛だ。6等の三百円にもひっかからない。残念!でも「これでまた次回も楽しめる」と思うことにした。


 2007.1.14掲載 <ドドンパ>
「カップヌードル」

 これが肉か!これは玉子か!…ちっちゃいけれど形のある海老が入っている!

 今から30年以上前に、初めてカップヌードルを食べた時に感嘆した。お湯を入れて3分待つだけでパサパサに乾燥していたものが形とともに 味が蘇るのだから!

 現在は週に1回は必ず食べているカップ麺。あの頃とは比べ物にならないほど、味も質も向上した。お湯を注いで出来たものとは思えないほどのものもある。

 インスタント麺の生みの親の安藤百福さんが先日亡くなられた。時々、テレビ等に研究中のエピソードが流れることがある。情熱を持つことの素晴らしさと、持ち続けることのむずかしさを考えさせられる。

 新年の抱負はと問われ言葉に詰まった。「情熱を蘇らせる」ことに力を注いでみようかと今、思う。合掌。


 2007.1.11掲載 <ぷからす>
 先日、友達の実家がある四万温泉に遊びに行った。仕事があった私は、あとから電車で追いかけるプチ一人旅。

 いつも車ばかりの移動だから、久々の電車旅がなんだか楽しい。夜だから、外の景色は見えないものの、ローカル線ならではの乗り継ぎの悪さや、学生や外国人といった見ず知らずの他人と過ごす少し息苦しい空間に懐かしさを感じ、青春18きっぷ≠ナ行った京都(9時間)や福岡(2日間)の旅を思い出した。

 学生時代の旅は、とにかくチープであることが第一条件。お金さえかからなければ九州までの各駅停車も野宿?!もなんのその。体力も時間も充分にあったし、若いからこそ出来た単純で真っ直ぐな考え。

 あるものを便利に快適に使いこなす道のりより、ないなかから目標に到達する道のりのほうが、後味がいいように感じました。

   

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