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■2007年3月の記事
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| 2007.3.29掲載 <つくつくぼうし> |
| 「日本人の感性」 最近やたら道路工事が多い。今日も渋滞につかまった。「ん?」ふと、なにかいつもと印象が違った。 そう、工事看板が今までオレンジ色に黒字で標示されていたのが、白地に青字に統一されていた。さらに、工事内容も「道路工事中」ではなく「傷んだ塗装を塗り替えています」と具体的に記入されるようになった。 不思議なもので、単なる「道路工事」という漢字四文字よりもひらがなが含まれた文章の方が、「そうか、仕方ないな」と渋滞の苛立ちが少なくなる気がする。 日本語には漢字・ひらがな・カタカナがある。りんごを林檎と書いても良いし、リンゴと書いても良い。 ひらがなにするか、漢字にするか、カタカナにするか、日本人は知らずに感覚で使い分ける。普段気にしてなかったが、日本人はすばらしい感性の持ち主だと思う。 |
| 2007.3.25掲載 <ケッタマシーン> |
| 今月20日、ラーメン喰いたちの聖地=東京・池袋の大勝軒が約半世紀の歴史に幕を下した。閉店前は、連日5時間待ちの行列だったらしい。 以前この行列に並んだことがある。40分待って名物のつけそばを食べた。どんぶりに山盛りのしっかりと茹でられたソフトな麺を甘じょっぱすっぱ辛い汁につける。インパクトのある味だった。 東京の某有名店にも並んだ。周囲にはこの店自慢のサンマ干しの香りが漂う。30分待ち店内へ、中にも行列が…さらに30分ほどでようやくラーメン登場。 よーし、いただきます。ん?まだ食べてないのにおなかがいっぱい。 そういえばこの店、ビルの1階なので、排気用のダクトが店の正面についている。外では生臭い風を浴び続け、店内はラーメンの匂いが充満。気持ち悪くもなる。 麺がもちもちでおいしい…気がする、スープもおいしい…気がする、もうよくわからない。周りはおいしそうに食べている。同じ環境にいたはずなのにすごい。 貧乏性の私は完食して店を出るのだが、その後またダクトからサンマの臭いのお見送りを受けることになるのだった。 |
| 2007.3.18掲載 <ぐりんぴーす> |
| 朝、ベランダの物干しですずめが遊んでいる。ぴょんぴょん飛び移って、洗濯ばさみが揺れるのを楽しんだ後で、洗いたての服の上に糞をする。大抵のすずめはまるまる太っていて、楽しそうな顔をしている。やせていて、悲しそうなすずめはあまり見たことがない。道ばたで死んでいるのもいる。薄くなった分だけ天国に近づけると信じているみたいにとても薄くなっている。これが私のすずめに対するイメージの全てだった。 しかし、その朝そのイメージは子供すずめによって易々と壊されてしまった。そのすずめは何もかもが普通のすずめと同じだった。姿、かたち、羽の色、楽しそうな表情…全て。ただ他のよりずっと小さい事をのぞけば。 出勤時間が迫ってくる中、「落ち着け」と念じて理解に努めた。そして子供のすずめという結論を得たのだ。 今日も、子供すずめは元気に洗濯ばさみで遊んで、糞をしている。 |
| 2007.3.15掲載 <イレブン> |
| 百年くらい前の新聞を読んだことがある。発行元は東京。群馬のことがどのように出ているのだろうか…。 最近上州を訪れた人の話によると群馬では…という具合だ。鉄道も支局も電話もまだない時代。旅行者や商人の話が記事になっていた。正確な速報というより、現地の話題というおもむきだ。 新しいことを聞くから新聞だ。人の話を聞くところから始まるのは今でも同じ。百年たっても変わらない。話題を求め聞き歩く。時に写真を撮る。データを集めて裏を取る。原稿提出。 それでも採用されないときもある。ボツだ。ああ、くやしい。よし、こんどこそ。ボツがあるから頑張れるのかも。 この新聞を、百年後の人はどのように感じながら読むのだろうか。想像するだけでも面白い。百年後の桐生はどんな具合ですか? |
| 2007.3.11掲載 <つぶやき吾郎> |
| きょう3月11日は、私にとっての記念日でもある。昨年の今日、たばこをやめた日である。喫煙歴二十数年。「やめられるだろうか…」そんなことも考えたが、今考えるとすんなり禁煙できた。最大の難関は、暮れの忘年会だったが、誘惑に乗ることもなく今も禁煙続行中だ。 やめてみて分かったことだが、吸っていない人にとってはその臭いがかなり気になる。よく言われる副流煙もそうだ。「周りには迷惑させたのか」とちょっと反省している。吸っていた時は「道路財源に貢献してるんだ」と威張っていたが、どこもかしこも吸える場所は限られてしまい、肩身の狭い思いもした。 良かったことは、ランニング時に息切れが少なくなったことと、ご飯が美味しく食べられること。それに、たばこを買うわずらわしさがなくなったこと。それにしても本当にご飯がうまい。調子に乗りすぎて今やメタボ射程圏内突入だ。気をつけます。 |
| 2007.3.8掲載 <マロングラッセ> |
| 最近、道路標識の下に黄色の小さいけれどよく目立つ「自転車も止まれ」というのをよく見かける。初めて見た時、これを思いついた人は「エライ!!」と思った。私も自転車に乗っている頃は、道路標識は自動車やバイクが見るものと思っていた。第一高さも視覚に入らない。しかし、自転車も車両なのだ。横断歩道も自転車から降りなければ、車は止まる義務はないし、酒酔い運転やケータイ運転も禁止されているという。そういえば、家の近所に20q制限という道がある。とゆうか今までは30qだったのが変わったと思うが…。時速20qというのはどんなスピードか試しに走行してみた。かなり遅い。しばらく走っていると、私の車の横を体育着姿の自転車がツーッと抜いていった。なるほど、自転車も立派な車両なのだ。安全運転を心がけよう |
| 2007.3.1掲載 <真っ赤な苺> |
| 「ゆとり教育」 ゆとり教育は、ゆるみ教育。ゆとり教育で学力低下。など新聞やテレビなどで報道される度に、我が家の高2の長男は「俺たちが、失敗作と言われている様だ」とぼやく。そうです。長男が、小学校の高学年の頃、ゆとり教育はスタートし、義務教育のほとんどを「ゆとり教育」の真っ只中で育ったのです。「自ら学び。自ら考え。自ら体験」をテーマに「生きる力」を育む事を目的にスタートした。その後、学校5日制も導入され、学校・家庭・地域が一体となり、更に子供たちの「生きる力」が育まれた。偏差値教育に疑問が持たれ、偏差値が廃止され、子供たちに「生きる力」を求めた。しかし、大人たちは、学力が低下した等など大騒ぎする。 長男は、この春休みに同級生2人とニューヨークへ行くと言う。インターネットで航空券やホテルを予約しての個人旅行だ。心配な親は「大丈夫?」と何度も言うが…「そんな事言ってたら、何にも出来ないし、どこへも行けない!」と言う。もちろん、旅費は、冬休みに郵便配達のバイトをした自腹だ。学力は低下したかもしれないが…「生きる力」は、順調に育まれたと私は思う。 |